コロナ禍の下増えるテナントの退去問題。知っておきたいリスクと対策
2020/07/22
新型コロナウイルスの影響が長期化し先行きが見通せない中、小売や飲食店を中心に、いよいよ倒産や廃業を決め退去するビルの入居テナントが続出しています。契約に則った解約手続き等、正式な手順を踏んだうえでの退去であればまだしも、負債を抱えギリギリの経営であったテナントは、突然の破産開始や連絡もなく夜逃げといった事態に至り、大きなトラブルに発展することも考えられます。
テナントが退去するに際し、貸主のオーナーとしてどのようなことに留意しておくことが必要か、本記事では是非心得ておきたいテナント退去に伴うリスクと対策について解説します。
目次
新型コロナウイルス第二波の襲来ともいわれる現在、営業自粛や休業要請によって売上が激減したまま回復の兆しが見えず、多くのテナントは事業を継続することそのものが困難となる深刻な事態に直面しています。具体的にどのようなことが起きているのでしょうか。
一般的に事業の安定した経営には6ヶ月先までの資金繰り (手元キャッシュ) が必要とされていますが、財務省が2018年に実施した法人企業統計調査では、資本金5,000万円未満の中小企業の手元キャッシュの平均は運営コストとなる固定費の2.7ヶ月分と、不十分な実態が読み取れます。今回の新型コロナウイルスの影響がどれだけ長引くか不透明な状況ですが、明確なことは、“客数が激減して売上が立たなくとも、毎月、固定費は確実に発生し、キャッシュは消えていく”という事実です。
固定費として一般的に最も大きなウエートを占めるものは人件費で、次に入居するビル等の家賃となります。
既に営業自粛等によって売上が減少しているうえ、固定費が売上を上回ることになることが意味するところは自明であり、「資金繰りがつかず、固定費が払えない」という、事業の存続そのものを左右する深刻な事態を示します。
帝国データバンクが2020年7月10日に発表した「飲食店の倒産動向調査」(2020年上半期) によると、2020年上半期における飲食店事業者の倒産は398件と、上半期として過去最多となっています。
このままのペースで倒産が発生すると、2020年の年間倒産件数は約800件と、過去最多を更新する可能性があると予測されています。(上グラフ参照)
倒産した店を別の事業者が現れるなどして救済し、そのまま店舗の営業が継続されるケースは少なく、売上が見込めない以上、店舗を閉じて入所する建物から退去することになるというのが一般的な流れです。
長年営んできた事業の継続を諦め、テナントが退去に至ることは本当に残念なことですが、実際の退去に際しては思わぬ大きなトラブルに繋がることが懸念されます。オーナーとして安定した賃貸経営を継続していくために是非知っておきたいリスクと対策について解説します。
通常の賃貸借契約書においては、テナントの退去時、賃借したスペースを借りる前の状態へ借主の負担で戻す旨が定められています。しかし、資金繰りに行き詰まり、退去を余儀なくされたテナントは原状回復の費用を負担する資力を欠き、解約期限を迎えても残置物を残した状態、若しくは明渡しにも応じず、次の新規テナント誘致すらままならない事態に至ることも考えられます。速やかな次のテナント募集に向けた措置として、テナントの状況に応じて以下2つの方法が考えられます。
① テナントが退去した後 ⇒ 残置物の処分と現状回復を進める
② テナントが居座ったまま ⇒ 明渡しに向けた対応を進める
特に注意しておきたいのは、残置物の処分に関する扱いです。
賃貸借契約が解除となった後、オーナー負担で止むを得ずテナントが残した残置物を処理しなければならないケースもあるようですが、法律に定める「自力救済の禁止」に触れる恐れもあり、悪質なテナントの場合、退去済のテナントとの間で私物を無断で廃棄した等の理由でトラブルに発展する可能性もあり、注意を要します。
また、テナントが速やかな退去に応じれば次の募集に向けたステップへ進めるものの、退去に応じず居座ったまま、明渡しのため訴訟に踏み切らざるをえないといったケースもあり、こうした場合は膨大な時間と労力を要します。
こうした行き詰まった事態に至る前に、あらかじめテナントの状況に応じ取得る柔軟な対策を考えておきたいところです。
例えば、募集するテナントの業種がほぼ定まっているような場合は、「居抜き」の状態で募集することで原状回復の負担を最小限度に留め、円滑なテナントの入替わりに向けて協力することでオーナー/テナント双方の負担軽減に繋がるものと考えられます。
事業の継続を断念したテナントが退去に応じることが決まり、次のテナント募集に向けた営業活動が出来る状態となったとしても、未収となったままの賃料が支払われず残った場合、その回収については悩みのタネです。
未払い賃料の金額がそれほど大きくなく、預かっている保証金との相殺が可能な場合は、保証金から未払い分を差し引き、清算する方法がありますが、未払いの期間が長期に渡っている場合、原状回復費用に保証金を充当しなければならず、残りの保証金と相殺しても未収金は回収しきれないケースも考えられます。
退去済みのテナントに対して直接交渉して未収金の回収を進めることは容易ではなく、こうしたケースでは基本的に、法的措置による回収を進めることとなります。
未払い賃料の金額が一定以下の場合には、内容証明郵便の送達の他、少額訴訟や支払督促といった簡便な法的手段もあります。ただし、こうした手段で判決を勝ち取っても、未払いを抱えた退去済みのテナントに資力がなければ支払いはされないまま、回収は進まない事態も考えられます。この段階になると、回収をあきらめるか、弁護士等の専門家へ相談し、費用と時間をかけ本腰を据えて回収を進めていくしかありません。
これら具体的な回収方法について知っておくことと同時に、何といっても滞納が発生した早い段階で異変に気付き、テナントの経営状態に応じて適宜賃料の減免に協力したり、場合によっては早めに賃貸借契約を解約し退去を促すことで、未然に未払い賃料のリスクを避ける方法も考えられます。
トラブルの中でも最悪のケースは、テナントが破綻してしまい、破産手続きに沿って退去の対応を行なわなければならないケースです。一般的に、破産管財人となる弁護士から管財人の受任通知書が届いた後、数ヶ月後経ってから、裁判所から破産開始決定書がオーナーへ通知されることとなります。
破産開始決定が出ると、退去済みのテナントではなく、破産開始決定書に記載されている破産管財人を相手に明渡しを要求していくこととなります。
破産管財人は、資金があれば原状回復のうえで明渡しに応じますが、そもそも破産するくらいの状態であれば資金に余裕があるとは考えにくく、結果的にオーナーに多大な負担が強いられることとなります。
テナントが残したままの残置物についてはテナントから正式に所有に関する権利の放棄をしてもらったうえ、オーナーの負担でこれらの残置物を廃棄処分することになります。
処分に要した費用については債権として破産管財人へ届出し、破産に伴う清算時に残った財産から清算金として還付を受けられるケースもありますが、多くの場合、オーナーまで清算金が届くことはなく、泣き寝入りをせざる得ないというのが現状です。
このように、テナントが破産ということになると、いざ次のテナントを誘致しようにも破産による法的手続きの中で制約もあって原状回復すらままならず、賃貸による収益獲得機会を失い、本来得られたはずの逸失利益は膨大なものとなってしまいます。
倒産に至る前の段階で経営が苦しくなり、支払いを後回しにするのは、家賃に特に現れやすくなっています。
テナントは一般的に家賃の6ヶ月~1年分とされている保証金を差し入れているという安心感を抱きがちです。税金を滞納すると、裁判を経ずに売掛債権が差し押さえられるため、何よりも税金の支払いを優先します。また、取引先への支払いを滞納すると事業に必要な仕入れができなくなるので、苦しい資金繰りをこなす中で、家賃の支払いは後回しとなりがちです。
何事も早めに先手を打つことが、大きなトラブルに発展することを未然に防止します。1~2ヶ月分程度であっても家賃の滞納が生じた場合には既に要注意の状態であり、賃貸借契約書の解除に関する条項を確認のうえ、賃貸借契約を解除し、退去を要求することについても考えなければなりません。
前述した家賃の支払いが滞るという兆候の他にも、経営が行き詰まりつつあるテナントは、店の看板が汚れたまま放置しているとか、従業員の態度が急にだらしなくなったとか、何かしらの異変に気付くものです。
経営が一時的に厳しい状況に陥っているのであれば、期間限定で賃料減額に協力し、入居を続けてもらうほうが、退去してもらって新たな新規テナントを探すより円滑に物事が進む場合もあります。
しかし、たとえこれらを実行しようにも、オーナーとして具体的にどうやってテナントの経営の実態を知り得るか、判断が難しいケースがあります。
テナントの経営実態を知るために考えられる方法は、以下の手法となります。
①テナントへ直接ヒアリングする
②テナントに関連する経営情報を取得し、判断する
③専門の調査会社へ依頼する
親密な関係でテナントへ直接ヒアリングすることが出来るのであれば、コストもかからず最も簡便な方法となります。ただし、自分の経営が苦しいかといったことを聞かれて、正直に真実を口にする経営者はまずおりません。
また、テナントの経営状態に関する最新情報の取得は、株式公開会社といった規模の大きい事業者であれば情報公開もなされているため可能ですが、詳しい店舗ごとの経営状態詳細までは取得しきれません。
おすすめは、専門の調査会社を利用した経営実態の把握です。調査会社であれば、テナントや経営者の与信といった信用情報に加え、経営者の人物像や評判、場合によっては客に扮して内部事情を直接ヒアリングし、それらを生声として報告することも可能です。
また、退去が懸念されるテナントだけでなく、新規に募集し入居が決定したテナントの実態把握や信頼性判断に関しても、専門の調査会社を利用することは、正に“転ばぬ先の杖”にも繋がると考えられます。
2020年7月14日より、売上減少に直面する中小事業者の事業継続を下支えするため、国が最大600万円(法人の場合)の給付を行なう家賃給付金の申請受付が始まりました。
申請可能な売上減少の条件として、事業継続の意思があることを前提に、下記のいずれかを満たす資本金10億円未満の事業者が、給付対象となります。
●本年5月以降の単月売上について、前年同月比▲50%以上の減少
●本年5月以降の連続する3ヶ月間の合計売上について、前年同期比▲30%以上の減少
実際の申請手続きは、先に給付を開始した持続化給付金と比較すると共通する内容もありますが、新たに必要となる書類も多く、あらかじめ入念な準備が必要となります。
なかでも手間を要するのが、テナントとして入居していることを証明する書類の取り揃えです。
一般的に賃貸借契約は契約期間を経た後は自動契約更新となり、更新した旨の契約書面については都度交わしていないケースも見られますが、本給付金の申請に際しては、自動契約更新となっていることだけでは要件を満たさず、新たに現在の貸主等から申請における指定様式である『賃貸借契約等証明書』を取得し、申請時に添付することが要件となっています。
また、貸主との間で賃貸借契約を締結した後、貸主が物件の売却や法人の合併等で変わっている場合には、改めて貸主地位の変更を証する書類を取得する必要があります。
その他、申請事業者が賃料を直近3ヶ月間において実際に支払いしたことを証する書類として、賃料振込の記載のある通帳ページの写しと、該当する振込についてマーカー等で明示することも要求されています。
申請に際しての詳しい手順やよくあるQ&Aについては、下記の経済産業省のホームページに資料が掲載されていますので、給付金の申請を検討されている方はご確認下さい。
≪経済産業省HP 家賃支援給付金に関するお知らせ≫
新型コロナウイルスによるパンデミックという未曽有の危機に直面し、政府としても先が見通せず財源の限られる厳しい状況下、経済・中小事業者の生き残りに向けてテナントの事業継続に向けて最大限支援しようとするものです。
また、都道府県単位でも独自にテナントの支援を行なう制度創設に向けた検討が始まっています。
実際の給付金の獲得までには厳格な審査もあり、かなり骨の折れる手続きが必要ですが、事業継続に向けた意欲があり、売上が急減し受給条件を満たした事業者は、この困難を乗り切るためにも本制度を利用しない手はありません。
上述した特に手間のかかる手続きのポイントを認識したうえで、申請に向けた準備を開始してはいかがでしょうか。
新型コロナウイルスがもたらした世界的パンデミックは終息の兆しすら見えず、世界各国は感染拡大を防ぐべく社会・経済活動の制限と、制限がもたらす経済死をいかに防ぐかという相反する取り組みの只中に立ち、英知を結集して収束に向けた闘いを続けています。
これまで、経済活動の制限や落ち込みは一時的なもので、やがて元通りに回復するという楽観的な予想もありましたが、停滞は相当長期間に及ぶことが確実視され、これまでは我慢して営業活動を継続してきた事業者の中にも、いよいよ継続を諦めて市場から退場するところも増えてくると考えられます。
ビルオーナーにとっても、今後、テレワークやオンライン販売の拡大によりオフィスやテナントの需要そのものが低迷することが予想される状況下、現在入居しているテナントの経営実態はどのような状態であるのか、また、仮にテナントが廃業を決め撤退することになった際にどのような対応をしたらよいか等についてあらかじめ知っておくことが、正に未曽有のコロナ禍を生き残るための「転ばぬ先の杖」となります。
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